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MEMOGRAPHIX

sanographixの個人ブログ。日記、webデザイン、読書、写真など。

趣味プロダクトのユーザーサポートをどうやってきたか

趣味プロダクトといってもTumblrテーマの話。2012年からTumblrテーマをいくつか公開してきたが、それは同時にユーザーサポート業務との付き合いの日々でもあった。当初は捌けていた問い合わせも、いよいよ作業量がきびしい雰囲気になってきた。特にここ半年ほどは、なんとかしてフロー効率化や改善を試みている。ここにその4年間の振り返りを記す。


いきさつ

自作のテーマ各々はMITライセンスで公開しており、無保証である。ユーザーサポートも「してもしなくてもいい」状態だと思ってるけど、都合上サポートできるものはサポートしている。というのもTumblrでは、自作のテーマをストアの審査に出すとき「ユーザーサポート用メールアドレス」を申請しないといけないからだ。テーマガイドラインにも「ユーザーからテーマに関する質問が送られてくることは避けられません」とある。

実際、確かに避けられなかった。今までそこそこ色々な種類のお問い合わせがやってきて、それらに返事を書いてきた。以下、実際に起こった困りごとをもとに都度対処してきた記録である。当然サポートの知見も経験も一切なかったので、都度いろいろな方法を手探りしていくほかなかった。全体の方針としては、極力ローコストになる方法、手間を省いていく方法を模索した。

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書いてこなかったこと

ここみたいな全公開のブログにおいて、自信のないことや単に下手なことは書きづらい認識がある。プライムビデオでバック・トゥ・ザ・フューチャー PART1 を見ていたとき、マーティの父もそんなことを言っていた。人に評価されてダメと言われたらどうしようというやつ(コソコソSF小説を書いていたシーン)。

稀に、(初めて何か挑戦してみたときの様子など)下手な状態を全公開にできる人がいる。そういう人ほど上達が速かったりするのだろうが、やっぱり稀だと思う。僕にはそんなメンタルはない。恥をかきたくないから、ある程度自信がつくまではこっそり練習するとか、友達だけに見せたりする。

日記を書いて長いが、いままでにそうやって書いてこなかった話題がかなりある。むしろ、書いてこなかった話題のほうが多い。たとえば、音楽の話をほとんど書かない。理由は簡単で、詳しくないから(=語る語彙を持っていないから)だ。他にも、あまりにプライベートなことも書いてない。その「あまりに」がどのレベルでNGなのかは無意識の判断であるにもかかわらず、境界線みたいなものはかなりはっきり心の内にある。

その自分レギュレーションは、昔と今とで内容が変化してきたことも実感している。下品な話で恐縮だけど、いま自分のインターネットネームで下ネタを発言することはかなり抵抗がある。昔はそこまで抵抗なかったと思う。これの理由は、単に気が変わった、気分の問題だとしか言えない。なお補足すると、別名義やオフラインな場では引き続き特に抵抗はない。話が逸れた。

話を戻すと、日常を取り巻く話題からかなりフィルタリングしたものだけが世に公開できる。普通に生活していると話題は尽きないけど、そのなかで世に公開できる話題は多くない。というか、まったく無くて当たり前であるともいえる。

現代においては、友達にのみ公開できるサービス諸々を使えば、かなりの話題を掬い上げることができる。しかしそうではなくて、オープンな場にブログ(なり日記なり)を公開しておくことの意義を、僕はいままで何度も強調してきた。

「公開情報と限定公開情報を使い分ける」ことも考えられそうだが、実際は激しく高度なテクで、相当意識的にならない限りおおかた限定公開情報だけに収束していく。そうやって更新が止まったブログを何度も見た。

だから、公開する意識を強く持たないといけない。そうはいっても、公開できる情報など多くの場合持ち合わせていない。なぜそこまでして強い意思を持たないといけないのか、動機も説明しにくい。こうしたジレンマを抱えている。前から思ってたけど最近特にそう思う。なんとなく寂しくも思う。

眼鏡

銭湯に眼鏡を持ち込んだところ、ツルが根本から折れてしまった。翌日、取り急ぎ即日受け取れる眼鏡屋に行って、同じ度数で新品を作り直してもらった。

ぼくはかなり視力が弱く、薄型レンズにしないと瓶底になってしまう。そういうレンズは昔だと大抵お取り寄せで、1週間や2週間後に仕上がってくるイメージだった。だから当日すぐ仕上がるというのは、信じがたい雰囲気がある。まあ、いまも高価格帯の眼鏡だと仕上がりまで時間かかると思うのだけど。

店で眼鏡が仕上がるまでの間、度付きサングラスをかけて凌いでいた。ところで、今持ってるサングラスはめちゃめちゃ似合わない(自分に似合う形があるのかもしれないが未だ探り当てていない)。しかもその日は完全に曇りで、日も暮れかかっていた。サングラスをかける必要はまったくない。近辺で時間を潰そうにも、下手にこの姿で出歩くと浮きそうだったので、しばらく表は歩かずにおいた。もうちょっと似合うサングラスを真剣に選べばよかったといつも後悔するのだけど、こういうのに限って壊れないので惰性で使い続けることになる。

安いアクションカムとGoogleフォトで休日の様子をノーカットで記録する

しばらく前(6ヶ月くらい前)に遊び半分で格安アクションカムを買った。これです ↓

平たく言うと、GoProのパチモンである。寸法もほぼGoPro(の古いモデル)と一致していて、まさにパチモンと表現するのがふさわしい。悪魔的。

あんまりこうした商売に手を貸すのは好きじゃないんだが、なにしろ異常な低価格に負けてしまった。壊れてもまあいいかと思えるレベルである。

カメラをずっと回しっぱなしにする

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ちまちまプレイしていたゲーム色々の感想

最近遊んだゲームの感想まとめて書く。(最近遊んだ ≠ 最近発売した である)

Rebel Galaxy

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宇宙船を操縦するゲーム。Macでも遊べるから帰省の新幹線車内でも遊べた(余談だが、揺れる車内でドライブゲームを遊ぶと臨場感が増しておもしろい)。一見3D空間だが自機は平面上にしか移動できない制約があり、そのおかげでとっつきやすい。派手なミサイルの撃ち合いは絵的にも美しい。宇宙のならず者をどんどん倒して自艦を強化していく…のだが、装備の費用がなかなかシビアで、根気よくお使いクエストをこなさないとジリ貧から抜け出せない。宇宙は厳しい。

store.steampowered.com

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ペライチサイトのWordPress脱出

先日思い立って、Todoリストに「過去作ったサイトのWordPress脱出」タスクを積んだ。それ以来めちゃくちゃ気が重かったのだが、諦めてやっていったところ、あらかた脱出成功した。

WordPressの古いバージョンはセキュリティ上の問題を多く抱えており、管理するサイトが多いと大変だ。なので最近はあまり使っていないし、使っても数を絞りたい。しかしながら、以前の僕はどんなサイトでも(たとえシングルページであっても)WordPressで作っていた。理由は公開日時指定ができるから。ざっくり説明すると、WordPressの固定ページを使って本サイトを作り、サイト公開日に予約投稿しておく。そしてティザーサイト用のコードは404ページ用のテンプレートに置く。すると、公開日時までは404ページ(=ティザーサイト)のテンプレートが呼び出され、日付が変わると勝手に本サイトが公開されているという仕掛けだ。

しかしながら、これがやりたかっただけだろ感があるというか、それだけのために利用した感がある。公開されるものはただのペライチだから、WordPressは明らかにオーバースペックすぎる。こんな調子のサイトが沢山あるので、メンテもだるくなっていた。そして脱出を決意。

作業はとてつもなく地味で、ヘッダやフッタなど分割されたphpファイルをひとつのhtmlにマージして、コード上のWordPress感のあるタグを置換していく。以上。ペライチだったからよかったものの、もし5ページ以上あるサイトを静的ファイルに移植しようとしたら結構大変だと思う。

シングルページ以外のサイトは脱出する理由がないので残した。WordPressに適したサイトは当然WordPressで運用したほうがよい。特にコンタクトフォームプラグインが便利で良い。(※追記: 最近はGoogleフォームでいいやと思っている)

向こう5年程度は継続して安定運用できる、軽量なCMSを今選ぶとしたら何になるんだろうか。ブログ機能はいらないので、ブログに特化したフラットファイルCMSはなんか違う感じがしている。

曲がった10円玉を交換した

僕の机の上には2年間、ずっと折れ曲がった10円玉が鎮座していた。それを今日両替してきた。

以前自販機を使おうとしたところ、財布のなかに曲がった10円玉が1枚あることに気づいた。お釣りで変な硬貨を貰ってしまったのかもしれない。曲がった10円玉の処理なんて知らなかったから、しばらく財布のなかで放っておいたのだが、なにかの拍子に調べたら銀行で両替できると知った。が、銀行に行くのが億劫すぎて2年間机の上に置いたままにしていたのだった。目に見えるところに置けばいつかやるだろうと高をくくっていたが、そんなことはなく塩漬けタスクは塩漬けのままであった。もし1万円札だったらすぐ銀行に出向いていたと思う。

2年間ともに過ごしてきた10円玉との別れであったが、特に何の感情も沸かずに両替した。ちなみに、たとえ10円であっても両替依頼の書類を提出する必要があった。