読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

MEMOGRAPHIX

sanographixの個人ブログ。日記、webデザイン、読書、写真など。

#Illustfolioは4周年

今年の12/09は、Illustfolio 1.0をリリースしてから4周年にあたる。だからどうということはないのだけど。

f:id:sngrpx:20161210001808j:plain

Illustfolioシリーズは、リリースしたあとも小さなアップデートを繰り返したり、ときどきメジャーバージョンアップを行い、作り直したりしている。先日バージョン4.0を作った。

sanographix.github.io

4年間アップデートのモチベーションを保っていられるのは、テーマが使われているからであって、ひとえにユーザーのお陰であるといえる。Tumblrという、よそのプラットフォームに勝手に乗っかっただけのプロダクトであるから、偉そうなことを言えないのだけど、ずいぶん貴重な体験をさせてもらっていると思う。一般的に、デザインするブツがあってデザイナーは仕事が成立するから、0を1にするというか、ブツを企画制作するほうの仕事は、意識的に行わないと体験できない。

前提の共有

Illustfolioの制作では本当に色々なことを学んだ。そのなかでも「前提を伝える」ことについて、特に継続して、ずっと取り組んできた。Illustfolioとはいったい何のために作ったのか、ユーザーはそんなの殆ど気にかけないと思うけど、せめてどっちの方向を向いているかくらいは共有したいと思った。だからLPで世界観を説明するし、更に情報を深掘りしたい人のために、自分のブログで「なぜ作ったのか」「どんな人に使ってほしいか」を繰り返し繰り返し書いてきた。それは、経験上、前提を共有しないで事をすすめると大抵よくないことが起きるからであるし、それを言語化することが、ユーザーに対しての誠意だと思ったからである。誠意というと仰々しいけど、要は、怪しいものではありません、というアピールだと考えていただければよい。口がうまい人ならもっとスマートに誠意アピールできると思うのだが、僕はそうじゃないので地味なやり方のほうが性に合う。

オープンさ

4年前からそうだったけど、インターネットのコミュニケーションはよりクローズドな方向へ向かっていると思う。しかし、僕がインターネットのコミュニケーションと聞いてまず思い浮かぶのは、はじめてインターネットに繋いだときに感じた、あらゆる方向に門戸が開かれている感じ、あの可能性のイメージである。オープン最高、オープンにしていこうよ、みたいな流れがWeb2.0時代にもちょっとあったと記憶しているけど、なんでもオープンにはならなかった。結局のところ、適正な公開範囲があるね、という話であったと思っている。しかしながら、問答無用でオープンになる、ある種暴力的な、強烈な可能性のイメージが、ああインターネット的だな、と感じる世界観である。

そしてそれは、作品集(ポートフォリオ)と相性が抜群に良い。ポートフォリオは他人に見せる前提で作るからだ。Illustfolioで、昔感じたインターネット的世界観を再現できたらと思う。

以前の日記にも書いたけど、自分のサイトをホームページと呼んでいたころ、まさに家(=部屋)のように感じていた。だから、ウェブサイトを作って所有することは、「自分の帰ってこられる場所」をインターネットにつくる感覚に近いと思っている。なぜこれほど場所をつくることにこだわるのか考えてみたところ、僕は自分の居場所はインターネットにある、という強い意識があることに気づいた。人によっては、Twitterやほかのコミュニティに居場所を見出しているかもしれない。僕にとってはインターネットが居場所なのだ。だから、インターネットを、よりよい豊かなものにしていかなければならない。インターネットを豊かにしていけるのは、まぎれもなく個人々々の力である。

Illustfolioのご利用ありがとうございます、引き続きご利用ください。