百合パワーで悪を討て
今年の夏はGhost of Tsushimaで過ごそうと思っていたのだが、あいにくモニターが壊れて修理に出してしまったので、ほとんど進められていない。その間に百合ビジュアルノベル『Heart of the Woods』を読んだ。これならモニター無くてもMacBook Proで遊べるしな。
本作リリース自体は1年以上前で、そのときはボイス未収録だった。だが、追加パッチでボイス収録がアナウンスされ、自分もKickstarterでバックしていた。そしてそのボイスの追加アップデートが先月ついに配信開始されたというわけだ。
現代的おとぎ話
ゲーム紹介文自身がそう標榜するように、現代的おとぎ話と解釈するのがもっともゲーム全体の印象と近い。おとぎ話なので、妖精や魔法や倒すべき悪役がいる。そう、明確な悪がいるという点が、日常系に慣れきった身からすると何とも懐かしい気持ちになる。
そしてその悪を倒すのは王子様……ではなく、百合パワーであるところが ”現代的” をまさしく象徴しているように思われる。自分たちの価値観に合った物語を描きたいという作り手の意思を感じて腑に落ちた。
しかしおとぎ話のフォーマットである以上、まあ最後はめでたくハッピーエンドになるんだろうなと、結末が予想できてしまえるのも事実。だからエンディングそのものより、注目すべきはその過程にあるように思える。
個人的に注目した点は、ひとつめに主人公一行がYouTuber、というかVloggerであること。こういう設定は珍しいのではないか。超自然現象ネタを扱うチャンネルに携わる2人が、取材のため訪れた田舎町でとある怪奇現象に遭遇する。非常に自然な導入部だし、わかりやすくモダンな舞台設定になっていると思う。
そして、導入後しばらくは番組のマネージャー視点で語られるのも良かった。彼女は引いた目で物事を見られる慎重派タイプで、機材の扱いにも長けている。動画制作プロセス自体が物語に深く関わってはこないのだが(そもそも異常事態に巻き込まれ動画制作どころではなくなってしまう)、序盤の現地到着〜取材シーンの語り手として適任なのだ。涼宮ハルヒでいうところのキョンのような立場だと思えばわかりやすいかもしれない。
ふたつめの注目点が、ビジュアルノベルであるにもかかわらず、選択肢が「どのキャラとくっつくか」に使われないこと。これはとても新鮮に映った。なぜなら、これまで遊んできたなかで同じような選択肢の扱いをしているゲームを思い浮かべると、ほとんどは推理要素が強いゲームか恋愛要素が全く無いゲームであり、本作はそのどちらでもないからだ。作中では二組の百合カップルが登場するが、その組み合わせは結末まで変わることはない。これは和製ADVのお約束を無視してオッケーな自由な環境がそうさせたのか、はたまた百合ゲー的にはその部分が重要ではなかったのか、事情に詳しくない自分には想像することしかできない。ともあれ、二組の紆余曲折あっての恋愛模様は丁寧に描かれ、感動を胸にスクリーンショットを撮りまくった。まあ欲を言えばお気に入りキャラであるTaraとMaddieの組み合わせはIFシナリオで是非見てみたかったよ……。
最後の注目点は群像劇であること。最初Maddie視点で物語が始まるので、てっきり主人公だと思いこんでいた。が、最終的に4人のキャラクターの視点に次々切り替わるので、特定のキャラに感情移入というよりは第三者視点で物語を追うようなスタイルになる。これは短い物語のなかでキャラを掘り下げるのに適していた。キャラクター描写は紋切り型ではなく多層的で、地に足のついた感じがある。ここに先日のボイス追加がとても効いていて、キャラクターのパーソナリティの理解が一層容易になった。というか、ボイスない状態で読むのは英語の苦手な自分にはかなり不安があったので、細かなニュアンスも感じ取れるボイスの存在はとても重要だったし、各キャラの熱演が聞けて本当に大満足だ。
あとこれは個人の嗜好の問題だけど、群像劇にありがちな「ひとつのシーンを読んだあと、別のキャラの視点からまた同じシーンを読む」形式がどうも退屈に感じてしまい苦手なので、本作にそれが無かったのがありがたかった。
先に「短い物語」と書いたけど、それはフルプライスのノベルゲーと比較しての話であって、公称数時間ぶんのボリュームはある。僕は辞書を引きながらなので30時間くらいかかった。逆にそれくらいのボリュームで収まってもらったほうが負荷の観点ではありがたい……。プレイ時間引き伸ばしのための空虚な会話シーンがほぼないので、全体でみればギュッと詰まったストーリーに感じる。
Steamにあるインディー・ビジュアルノベルは荒削りな作品も多くて、それも含めてジャンル自体の勢いや熱量を楽しんでるという気持ちが自分としてはある。が、本作は明らかに一段も二段も洗練されてる。というかこのスタジオの作品はだいたい洗練されている。ベンチマーク的なタイトルだと思う。
百合ゲーについて興味のある方は、同スタジオによる前作の感想を含むこちらの記事も参照されたい。