
DolbyやDTSの話を信じるのであれば
主語がでかいのでこの記事で言及する内容に絞ると、PCまたはXboxにおいて、バーチャルサラウンドヘッドホンは、別になんでもいい。……どうもそういうことみたいと納得しつつあるが、そうなの?? という思いも拭えない。
なんでもいいとは
なんでもいいとはどういうことか。
主流のバーチャルサラウンドに「Dolby Atmos for Headphones」と「DTS Headphone:X」の2つがある。これらDolbyとDTS両陣営のアプリ「Dolby Access」「DTS Sound Unbound」の内容を知ることで理解が進む。どちらもWindowsストアで公開されているアプリケーションで、無料試用できる点も同じ、気に入ったら2,000円程度で購入する買い切り型なのも同じ。
この2つのアプリには、お手持ちの普通のヘッドホンでバーチャルサラウンドを鳴らす*1機能が搭載されている。したがって、有線でもBluetooth*2でも、どんなヘッドホンでもよい。以上。
そうなの? 感
アプリだけで立体音響を楽しめるってことで、おもしろオーディオ装置にしては安価だし、普通にメリットしかないように見える。が、この説明では、はじめから「サラウンド対応」を謳ったヘッドホン・ヘッドセットをどう捉えればいいのか、いまいちスッキリしない。僕の持ってるのだとG533 Wirelessとか。
G533 Wirelessでいえば、製品の機能としてDTS Headphone:Xを謳っている。それとDTS Sound Unboundアプリで鳴らすDTS Headphone:Xには違いがあるのか、ないのか。DTSのFAQによると明確な違いはないように見えるが……。
違いがある可能性としては、サラウンド対応を謳うヘッドホンはメーカーが聴こえ方のチューニングをしている、のかもしれないけど、各ヘッドホンそれ自体の音質と特性のほうがより強く影響する気がする。
更に事態をややこしくしていることがある。G533で聴き比べをしようにも、ロジクールの専用ソフトウェアがバッティングして、Dolby AccessもDTS Sound Unboundも利用不可になってしまう。「さっきどんなヘッドホンでもOKと言ったじゃないか」と思われるだろうが、専用ソフトウェアがバッティングする環境では不可、という但し書きがつく。ドルビーのFAQにも書いてあった。もっと新しいヘッドセットに搭載される規格「DTS Headphone:X 2.0」では、アプリとシームレスに統合される(FAQ)とあるが、持っていないので試せない。
サラウンド対応ヘッドホンはゲーミング市場でそれなりに存在感を放っているせいもあり、店頭だけ見たらサラウンド機能は専用ヘッドホンの専売特許に見えなくもない。なんだかうまく説明がなされていないように感じる。仕方なくここからは「アプリと専用ヘッドセットのサラウンドは同じ」と仮定したうえで書く。嘘を書きたくないし本当のことを知りたいので情報は引き続き欲しい。
選べる自由
「アプリでバーチャルサラウンド」には、自分にとって2つの自由がある。
1つは、プレイするゲームによってDolbyとDTSのどちらを使うか自分で選べる点だ。もっとも、そのゲームがどちらに対応しているか懸命に探さないと大抵見つからないので、ゲーム側がどちらの規格を強く推しているかで察しているが……。たとえばDolbyだとCyberpunk 2077やGears 5(起動時にDolby Atmosのロゴが出る)がそれにあたる。
もう1つは、ゲーミングと冠するかに関係なく、純粋に自分の好きなヘッドホン・ヘッドセットを使えばよくなる点。競技性のない物語主導のシングルプレイのゲームが好きなので、常にマイクが伸びているヘッドセットは邪魔すぎる。マルチプレイ以外のときは好きなヘッドホンを使うというのは理にかなっている。また、映画やドラマの作曲家をゲームに起用する例もよくあるから、聴く態度としてもあまり映画と差がなくなってきている。
Hi-X55
いまPCに繋いでいるのは、2ヶ月ほど前に買ったAustrian AudioのHi-X55。
このヘッドホンがゲーム向けだとかそういうことではなくて、重要なのは好きなヘッドホンを使えばよいということ。
オーディオには詳しくないので、期待していた方には恐縮だが、この先の文章に詳細なレビューはないことを始めに断っておく。これを買った理由は、興味深い設立経緯を知ったからに尽きる。
数年前、名門オーディオブランドAKGがサムスンに買収された。その際、現地ウィーンの工場が閉鎖。そこで働いていた元AKGエンジニア達が地元で仲間を集め、新興オーディオブランドを設立。それがAustrian Audioである。
というエピソードが公式サイトに載っている*3。なんとまあドラマチックな展開だとは思わないか。おれは思った。これ以上の内部事情は知る由もないのでゴシップにならないうちに止めるが、彼らを応援したくなるのは自然なことだ。
製品特徴をこの動画で解説する人のよさそうなおじ様は、CEOのマーティン・ザイドル氏。彼曰く、調査結果で最大のニーズは快適性だったという。独特のパッド形状は敏感な頭頂部を避けるためだ。
Austrian Audioを名乗り、ドライバーは自社開発、製品もメイド・イン・オーストリアであるなど、現地開発・現地生産へのこだわりも強く感じさせる。ここまではネットでわかる情報。
実際に装着してみると、特厚の形状記憶パッドが隙間なく両耳に密着する(外すとき鼓膜にちょっと圧を感じるほど)。驚くほどフィット感と遮音性が高い。
手元のヘッドホンMeze 99 Classicsは、わりとどんな曲でも要領良く聴けちゃうのに対し、Hi-X55は真逆の性格で、分解されて聴こえてくる。特にジャズはとても楽しい。Cupheadのサントラとか。
一方、低音が響かず鳴ったそばからスッと消えていく。モニターならそれでいいが、ノレそうな曲でもいまいちノリにくく、なんだこりゃと感じることがある。低音を補強できるDAC「FiiO K3」で補ったところ、丁度いい塩梅になった。つまり出せないのではなくて出していないことがわかった。なんらかのソフトウェアで調整しても効果が得られるだろう。邪道と思いつつも、実際そのほうが好みなのだからしょうがない。
もちろん端正なフォルムも気に入っている。ヒンジなどの主要なパーツが総じてメタルで、質感がとても良い。
PCゲームでバーチャルサラウンドを試す
いよいよ「Dolby Access」「DTS Sound Unbound」を有効にしたPCとHi-X55で、バーチャルサラウンドを試す。これらのアプリで最高なのは、Windowsストアで一度買えばXboxでも自動的に利用可能になる点だ。マイクロソフトのシナジーが発揮されている。記事ではPCゲームについて書くが、Xboxを持っていればXboxと読み替えても差し支えない。
まず、両社のアプリの結論から書くと、Dolby Access(のDolby Atmos for Headphones)を使うことにした。というのも、現状Dolbyだけにしかイコライザー機能がないからだ。両者を聴き比べると、Dolby Atmos for Headphonesはやや篭もった感じ、DTS Headphone:Xは逆にシャリシャリした感じがする。Dolbyであれば、そこから元の2chステレオの音に自分で近づけていくことができた。
以下、Dolby Atmos対応タイトルを試していく。
Cyberpunk 2077
CP2077の舞台ナイトシティは、やかましいことで名高い。街を歩けば四方八方から合成肉のコマーシャル、NPC同士の噂話、ニュース番組、ギャングの銃声とサイレンが鳴る。
その中でも特にやかましいジャパン・タウンを取り仕切るワカコ・オカダのオフィスが、パチンコ店にある。サラリマン達がジャラジャラと音を響かせて遊戯に興じる店から、暖簾ひとつ挟んだ奥が彼女のオフィスだ。よくこの環境で仕事できるな。
このパチンコ店で比較してみると、ステレオでは耳元でジャラジャラ音が鳴ってこそばゆいのだが、Dolby Atmos for Headphonesでは1, 2メートル空間があるように感じられる。同じくジャパンタウンの一角にある桜花マーケットを歩きまわってみても、屋台の音と、そこに集う人の喧騒がより空間感を強調して再現される。
Gears 5
Dolby Atmos対応を大々的に謳ったGears 5を試した。最近、新キャンペーンを収録したDLC「Hivebusters」が配信され、嬉しい〜〜と思っていたところ。
序盤の、自分と少し離れた位置からマグマが音を立てて流れている場面。
ここでゆっくりカメラを回してみると、ステレオではマグマの音が右から左に切り替わる位置がやや唐突に聞こえるが、Dolby Atmos for Headphonesではより自然になる。
Gearsはシューターなので、こういった音響効果がゲームを有利にすることもあるかもしれない。だが、個人的にはそのへんに興味がなく、もっぱら環境ストーリーテリングをよりリッチにする装置とみなしている。
Forza Horizon 4 & Horza Motorsport 7
オープンワールドレース「Forza Horizon 4」はどうだろうか。最近マイクロソフトは自社ストア独占をやめて積極的にSteamで配信する方針をとっているので嬉しい。Forza Horizon 4、面白いので買ってくれよな!
……と煽っておいて恐縮だが、ゲームの面白さは置いといて、個人的にはあまり立体音響の恩恵を受けられなかった。ゲーム中は常にBGMが流れていて効果音にあまり注意が向かないし、こういうアーケードライクのドライブゲームは3人称視点でプレイするのも一因かもしれない。
主観視点のレースゲームでいえば、Dolby Atmos対応ではないはずのForza Motorsport 7のほうが、ステレオと聴き比べたときにより立体的に感じられた。
このゲームはレース中のBGMが無く、縁石を踏んだときの篭もった音、敵車と競り合うときのエンジン音の位置に一層注意が向く。
Netflixの『Formula 1: 栄光のグランプリ』も、(ゲームではないものの)Dolby Atmos対応かつ、有効時の音の違いが分かりやすい。F1の熾烈なバトルに密着したドキュメンタリーで、時折混ざるドライバー視点のレースシーンが余計スリリングなものになる。ちなみにドキュメンタリー作品としても抜群に面白い。各チームの思惑がぶつかり合う駆け引き、ドライバーの苦悩のドラマなど、F1に特に興味がなくても思わず見入ってしまうポイントが幾つもある。実際これでF1に興味を持ち、今年は毎レース視聴している。
バーチャルサラウンド自体は面白く、先にも書いたが環境ストーリーテリングとの相性もよさそう。現状は対応タイトルがまだ少ないが、今後増える見込みはかなり高い。
これは希望というか妄想になってしまうのだけど、旧世代ゲームの伝承に熱心なマイクロソフトがなんとかしてくれないかな。彼らは平気で4世代前のゲームすら4K化(無料)したり、しれっとFPSブースト(無料)したりと、ろくに採算とれなさそうな領域に投資をしている。そのときあわせて旧世代ゲームのサラウンドも……というのは無理な話か。
*1:DTS Sound Unboundのみ、有名なヘッドホン用プリセットが準備されているが、プリセットのないヘッドホンでも問題なく使える
*2:手持ちのJabra Elite 85hで確認済
*3:このページでAKGのリンク先がWikipediaになっているのがなんともチャーミング